マイクロ波環境と受動被曝:基礎物理の役割

本堂 毅 東北大学大学院理学研究科 980-8578 仙台市青葉区荒巻字青葉6-3

hondou@cmpt.phys.tohoku.ac.jp

 

坂田泰啓 立命館大学理工学部[1]  310-0843 茨城県水戸市元石川町276-6

Sakata.Yasuhiro@nikon.co.jp

 

小林泰三 九州大学情報基盤研究開発センター  812-8581 福岡市東区箱崎 6-10-1

tkoba@cc.kyushu-u.ac.jp

 

Hondou2002年,初等的な理論計算で,日常環境中のマイクロ波被曝レベルが現行の推定に比べ数桁高くなりうることを示し,受動被曝の問題を指摘した.今回,実験と数値シミュレーションでその理論計算を確認し,空間的に局在した強い曝露領域(ホットスポット)が存在することを明らかにした.本稿では,研究の背景と実験結果,数値計算上の課題を記し,環境科学と基礎物理学の関係および物理学の社会的役割について考えてみたい.

 

1.背景

1.1 Blind belief in authority is the greatest enemy of truth  (Albert Einstein)

携帯電話等に用いられるマイクロ波は,使用者本人に対する健康影響が早くから指摘されてきた.EUの国際共同研究などが,10年以上の長期使用による脳腫瘍発症率の統計的有意な上昇1,2),細胞レベルでもDNA鎖の切断,遺伝子発現パターンの変化3-5)等,重要な知見を見出している.さて,実際に携帯電話等が使われる環境は,そのマイクロ波に対し反射的境界条件を持つ系が多い.列車,バス,車,エレベータ,航空機,プレハブ住宅などは,床や天井,壁面などが金属で作られており,金属は99%以上の反射率を持つ.この事実と電磁場のエネルギー保存則に気づけば,マイクロ波被曝の健康影響は,利用者本人に留まらず,広く周囲に及ぶのではないか,との疑問が生まれる.

 本堂は2002年,平均自由行程近似を用いて,反射的境界条件下での平均マイクロ波強度を求める公式を導いた.この結果を日常環境に適用すると,無反射を仮定する現行の推定に比べ,被曝強度がオーダー(桁)が異なるほど上昇することが分かった6).しかし,この知見が見出された以降も,各種公的指針などで反射の影響は正しく考慮されていない.それは,次のようなドグマが関連学会を支配し,社会に受け入れられているからである7-9)

『マイクロ波発信源から反射壁が遠く離れれば,反射の影響は無視できる』

 

1.2ドグマ

 ドグマが生じた背景を探ることは,環境科学に対して基礎科学(物理学)が果たす役割を明らかにする上で意味がある10).そこで,電磁環境工学とも呼ばれる分野の旧来の文献を調べると,次の事実に気づく.

a) 反射の影響は,アンテナ関連技術としては調べられているが,特殊関数を使ったアンテナ設計などに集中し,反射空間の大域的な性質へのアプローチは見つからない.

b) 電磁波の波長(1GHz30cmより十分大きなサイズを持つ系に対しては,計算機資源(メモリー)の制約から数値シミュレーションが困難で,研究が見つからない.

c) 電磁波の強度(ポインティングベクトル強度)が距離の自乗に反比例するのは,反射のない(特殊な)境界条件下でのみ成り立つ.しかし,その前提条件が忘れられ,距離の自乗に反比例することが,いつでも成り立つかのような「理論値」とされている11)

 そこで,「反射壁が遠く離れれば,反射の影響は無視できる」とするドグマを実験により反証することにした.

 

2.実験

 ドグマの反証には,外部マイクロ波を遮断できる大きな「反射箱」を用意する必要がある.そこで,全面をステンレス材で被った冷蔵コンテナを借り,川崎の埠頭に赴いて実験を行った.結果は,輻射源と反射壁の距離に関係なく,コンテナ全体でのマイクロ波強度分布が何ケタも上昇するものであった(図1a).2002年に論文6)で予言した通りである.

(a)                                                           (b)

 図1.a) 無線機からの距離とマイクロ波強度の一例.コンテナでの実験結果(論文12より引用)

   b) 2次元数値シミュレーション結果(FDTD法,後述) ●は波源,○は人間のモデル.

 

この結果12)は,世間に流布し,行政判断の前提であるドグマの誤りを再確認するものであった.コンテナの扉を開けると,平均レベルは数倍下がる.しかしそれでも,無反射時に比べて平均レベルが数桁上がる事実は変わらない.「反射壁が遠く離れ」ても反射の影響は無視できないのである.

 

 ドグマ反証実験に引き続き,携帯電話が日常的に使われている環境の例として,エレベータで実験を行った(定員17名.ドア全開.一人が無線機を持ち,もう一人が高周波プローブで計測).マイクロ波強度の空間分布は極めてランダムで,たとえば送信機から2.6m離れた地点でも,無反射時の0.1m地点と同じ強度が見つかった.電力密度(ポインティングベクトル)なら,約700倍の強度である.現実系においても,反射の影響が決して無視できないことが確認された[2].数値計算も,コンテナ(図1b),エレベータ(図2)共に,実験結果を再現した12)

 

3.数値シミュレーション

 マクロには,理論・実験だけでもマイクロ波反射の影響が十分証明できる.実験結果も理論的推定と矛盾がない.しかし,数値シミュレーションも以下の目的に欠かせないものである.

 

a) 空間強度分布

 2002年の理論的推定で得たマイクロ波強度は平均値であり,空間分布を明らかにできない.実験は空間分布を明らかにできるものの,マイクロ波の強度は,測定器(プローブ)の位置を数cmずらすだけで,急激に(ケタ単位で)変化する.被曝の安全性を議論するためには,``worst-case estimation”(最悪状況での評価)が必要であり,より高い空間分解能が要求される.

 

b) 時間分解能

 携帯電話など,日常生活環境中のマイクロ波輻射源は変調のため,マイクロ波測定器の時間分解能(数百ミリ秒)より遙かに速い時間スケールで,その強度を変化させる.生体影響や医療機器への相互作用は,マイクロ波強度のピーク値や変調の詳細に関わるため,現行のマイクロ波測定器以上の時間分解能が必要である.

 

 

図2. エレベータ内マイクロ波強度の数値シミュレーション(HFSS)

論文12)Fig.4Fig.5 (送信機1台,ドアは全開).(a) 無反射条件,(b)反射あり条件.シミュレーションは,メモリ容量の関係で実験より高さを1m小さくしている.

 

 図2で用いたHFSS法は,簡便に電磁場の数値シミュレーションを行える商用パッケージである.しかし,次の理由から,基礎物理学に立ち返って数値計算手法を開発する必要が生じた.

1.計算機資源の現状から,HFSS法ではエレベータ以上の大きさの系へは適用が困難.

2.市販のソフトでは,その適用限界が明らかではなく,定常状態への緩和過程なども扱えない.

1bは,5章で述べるFDTD法を用いて計算した結果である,

 

4.結果の意義:健康影響,医療電子機器への影響

実験とシミュレーションから,エレベータ内などの現実的状況では,扉全開のエレベータでも,無反射時(自由境界条件)に比べ1000倍のオーダーに達する受動被曝が生ずることが示された.前述したように,無反射時では0.1m地点という至近距離で記録される被曝強度が,エレベータ内では2.6m離れた地点でも記録される.総務省などの携帯電話実機を用いた実験では,携帯電話から0.3mの地点までペースメーカーの誤動作が確認されているが,これは無反射条件での距離であることに留意されたい[3]

 実際,携帯電話から発せられるマイクロ波が他者の補聴器へ強い雑音を発生させる被害は,既に広く確認されている.同様に生体への影響に関しても,多様な生物・医学的影響5,10)が認められる曝露レベルより強い被曝が,日常生活環境中で生じていることになる.公共空間での携帯電話利用には,タバコの受動喫煙と同様,「受動被曝」問題が疑われることになる.

 

5.環境科学における数値計算

5.1  学際領域の数値計算

 ここでは,本研究での数値計算に焦点をあて,環境科学における数値計算の位置づけや役割を議論する.

 数値計算は実験や観測データの解析からシミュレーションまで様々であるが,本章ではシミュレーションを議論する.シミュレーションの中でも,着目する状態が定常状態かダイナミクスか等により,モンテカルロ法や分子動力学法等,様々な数値計算法がある.また,それぞれの計算法の中にも計算対象に最適化された多様な手法がある.

 従って,実際に数値計算を行う場合には,対象系の物理的条件を吟味し,最適な数値計算法を選択するところから始める必要がある.対象系が盛んに研究されている場合は,標準的な数値計算法が確立されている場合が多いが,環境科学のような学際領域が対象の場合,適切な数値計算法は容易には見つからず,多くの場合独自に開発をしなければならなくなる.次のセクションで計算方法の開発の実際を説明する。

 

5.2 電車内電磁場の計算

 本研究の計算対象は「概ね反射壁で囲まれた領域内に反射吸収体が或る場合の電磁場の挙動」である.詳細に検討すべき項目は以下である.

(1)反射壁の設計・反射吸収体の性質(線形または非線形媒質等)

(2)領域の具体的な大きさ(空間メッシュの取り方)

(3)電磁場の時間発展(時間刻み幅τと総時間数)

この3項目のうち(1)は計算法の範疇で解決できる.(2)(3)は計算法に加えて計算機のメモリ量とCPU能力にも強く依存することは,1.2章の「ドグマ」でも触れたとおりである.

 車両内での携帯電話による電磁場を扱う場合を例にとる.周波数を 2GHz とすると電場と磁場で約2GB のメモリ空間が必要[4]になり,時間ステップの変数を考慮すると6GBのメモリ空間が必要である.計算ステップ間隔τは1周期 500ps として1周期を10分割しτ=50 psとなる.光が電車の長軸方向を1往復するのに約100 n secかかり,平衡に達するまでには更に2桁程多くの計算が必要になるのでおよそ106ステップの計算が必要である.この計算量は莫大であり,私たちは2次元系に落として計算せざるを得なかった.

 次に計算法の選定である.上で見積もったように本研究での計算は 106 ステップに及ぶ長時間の計算をする必要があり,計算誤差の扱いには慎重にならねばならない.計算誤差の発生はもともと連続量である空間や時間を有限で表現する数値計算では不可避である.中でも困る誤差は,永年項のようにどんどん蓄積していく類いのものである[5].従って,保存系(ハミルトニアン系)の数値積分では,ハミルトニアンを時間発展演算子と見做すシンプレクティック数値積分法13,14)が一般的である。そこで私たちは,当初,N.Andersonらのhelicity Hamiltonian15)を用いたシンプレクティックFDTD16),,及び,池田らによるシュレーデュンガー型の波動方程式に対するFFTを用いたシンプレクティック積分法の適用を検討した.1718)しかし相空間を保存して保測変換となる最適な時間発展演算子を見つけることができなかったのでこの方法は断念した.

そこで本研究では物理的な意味づけが明確である古典的FDTD法で誤差のチェックを行い,問題がなければそのまま採用する方針をとった.古典的FDTD法は,空間差分に関しては1次シンプレクティックになっているが,時間差分は保測変換ではあるものの時間に関して対称ではない.また,分散関係[6]のため,定常波を長時間計算すると周波数空間と波数空間との間で位相のズレが生ずる(系全体の時計が遅れる).しかし,保測変換であるので系の時間発展に永年項の様な誤差は現れず,定常波等の物理現象は正確に再現するので,本研究での議論には十分である.1bは古典的FDTD法を用いて得たものである.詳細は論文12,18)を参照されたい.

 

5.3 環境科学での数値計算

 電磁場計算で鍵になる計算法をレビューする中で,私たちは次の事実に気づいた.それは,シンプレクティック数値積分法の様に,ハミルトニアンがあれば普遍的に利用可能な汎用的手法や理論は物理などの理学の文献として存在するが,電磁場などの分野に特化した計算法の文献となるとIEEE 等の工学系の雑誌に偏在することである.電磁場の数値計算を始めるに当たって,私たちは様々な文献を調べたが,数多の数値計算法それぞれの特徴と適用限界を自ら把握し,自分が扱う系に適用可能か否かを一つ一つ判別することに多くの時間を要した.これは,大部分の計算法が個別目的に特化して作られており,計算法の物理的適用限界が不明瞭であったためである.つまり,工学系で開発されている数値計算法の多くは,未だ俯瞰的包括的な視点で理論的な背景が整理されていない.

 本研究では電磁場のみの計算で済むので個人が数ヶ月文献に当たれば解決できるレベルに留まっているが,本号での丑田らの研究からも明らかなように,環境科学は本質的にマルチスケール・マルチフィジックスな(更にはマルチダイナミクスとも呼びたい)系を扱わなければならないので,この問題は一般に深刻である.例えば電磁場と流体と熱拡散を同時に扱う場合,現在では連成計算がその枠組みを提供しようとしているが,この手法も,工学や創薬などの分野に特化する形で開発されているため,計算手法の理論的基礎付け,即ち理学としては確立されていないのである19)

 地球温暖化に代表されるように,環境科学では,実験が必要でもできない条件が数多くあり,必然的に数値計算を研究の大きな柱にせざるを得ない.しかし現状では,数値計算の妥当性を,対象系に適用する研究者自身がその都度検証しなければならないのである.そこで,私たち物理屋は,工学などの分野で蓄積されてきた様々な数値計算法を整理し,新たな概念を構築しながら理論的体系化を行うことができるのではなかろうか.数値計算に対する理学の役割は,環境科学においても大きいはずである(図3).

 

3.環境科学に対する物理学が果たす役割

 

6.環境物理: 基礎科学への社会的付託,専門家倫理

6.1 基礎科学への社会的付託

 私達は,基礎物理学から出発し,理論,実験,シミュレーションでの反証により,マイクロ波の受動被曝に関わる基本仮定(ドグマ)が誤っていることを示した.この結果の妥当性については,物理学会員なら容易に納得できるだろう.

 一方,このような仕事は,本来,工学研究者が行うべき仕事ではないか,と考える会員も少なくないだろう.しかし,本来の専門家である電磁環境工学者は,「背景」で指摘したように,誤った概念に囚われている様子であり,2002年以降も,社会に誤った知識を流布し続けている.実際,電子情報通信学会は2005年になっても,マイクロ波反射環境では,反射がない環境よりもペースメーカーへの影響が小さくなるという論文を査読つき英文論文誌で出版している20).事実であればノーベル物理学賞は確実であろう.そこで真実を確かめるため,本堂らは200757日に公開質問書21)を電子情報通信学会長宛に送付した.しかし200866日現在,電子情報通信学会からの返信21)は,科学的真実と学会倫理22,23)に関する具体的回答を伴っていない.また,20071227日付けの毎日新聞においても,北海道大学大学院情報科学研究科教授・野島俊雄氏は,反射の影響が無視できる理由として,「理屈上では電磁波は反射するが,現実には反射のたびに列車の窓からもれたり,人が吸収するため,1秒もたたないうちに電磁波の影響はゼロになることが分かった」とコメントしている.環境電磁工学分野では,本稿第5章で議論した光伝搬のタイムスケールさえ正しく理解していない.

 このような混乱の中で,私達は論文6)での導出にみられるように,「エネルギー保存則」を対象系に適用することで,系の大域的な性質をつかみ取り,問題の本質を捉えることができた.そして,実験やシミュレーションによって,さらに深い反証を行い,「受動被曝」という概念で,問題を整理出来ることを示した.ドグマの誤りに気づき得たのは,公式の適用限界(無知の知)を深く理解する,基礎科学としての物理学のなせる技である.

 既に述べたように,環境科学で扱う系は,マルチスケール・マルチフィジックスの系である.本研究で示したように,このような系に対して,旧来の個別的分野の公式を無批判に適用することは,問題の本質を(先ほどのドグマのように)見失い,誤った結論に導きがちだ.総合科学であるほど,そこに適用される法則(公式)の適用限界を把握した上で,適切な法則を選び,適用する必要がある.エネルギー保存則が,私達の研究の見通しを良くし,正しい方向へ導いてくれたように,環境現象にその階層性を貫いて成り立つ保存量を見出し活用することは,物理学の醍醐味であろう.

 環境科学には,物理学にこそ貢献が期待される現象が少なくない.マイクロ波の生体との相互作用に関しては,工学ではマイクロ波の「発熱源」としての効果,すなわち熱的相互作用しか理解していない.一方,実験事実は,マイクロ波自身のコヒーレンス性に由来する,(工学者の言葉を借りれば)「非熱的」相互作用の存在を示すデータに溢れている5,10,25).工学の専門家が非熱的相互作用を理解しないのは,彼らが自由エネルギーという概念を持ち合わせていないからなのだ26).「基礎がぐらぐら」している系こそ,基礎物理学が取り組む対象であるとは湯川先生の言葉であるが,旧来のドグマで実験事実がうまく整理出来ない状況でこそ,理学が本来の力を発揮し,新しい概念・学問を作るべきではなかろうか.

 

6.2 専門家倫理

 最後に,専門家倫理を再確認しておきたい.研究者の社会貢献,専門家責任の重要性が繰り返し指摘される今日においても,「科学者は社会問題にクビを突っ込むべきではない.社会問題に対して発言することは政治的行為で不適当である」等の発言を,指導的立場の物理学会員から聞かされることがあるからだ.このような無邪気な認識と発言は,周囲への影響によって,科学の健全な発展を阻害し,物理学の社会的存立基盤をも損なわせるからである.

 専門家倫理の議論からは,現実社会の中で,誤った科学的知識が用いられているとき,これを正すことが専門家としての責務であることが結論されている22).マンションに耐震性の偽装が行われた場合,偽装を知った専門家(建築家)は,その本人が偽装をしたのではなくても,事実を社会に公表する責任を負う[7].同様の考察から,基礎科学に関する社会的付託を受ける研究者または学術団体は,社会に流布する科学的誤り[8]に気づいた場合,その誤りを指摘し,基礎科学の正しい用い方や適用限界を示すべきことが帰結される.したがって,物理研究者が電磁波に関する専門知識を持つならば,電磁波に関する常識の誤りを社会に伝えるべきことは専門家(集団)としての義務であり,本務である23).自己満足でも許されるアマチュア科学愛好家と異なり,専門家集団(学会)は,科学的知見を正しい形で社会に伝え・反映させることなしに存立し得ない21-23)

 科学技術社会論(STS)では,社会的判断の基礎を,科学的合理性と社会的合理性に切り分けるが27,28),「科学者は社会問題にクビを突っ込むべきではない」とする先の発言は,科学的合理性と社会的合理性の区別が,物理研究者の中で未だ十分に認識されていない現状をも映し出している.社会的に論争を巻き起こしている問題であっても,その問題の科学的合理性は,研究者の個人的価値判断とは独立に,科学の対象として中立に議論できることも再確認しておきたい[9]

 

 本稿で議論したように,総合科学である環境科学に対し物理学は,基礎科学の概念や適用手法,適用限界を環境科学の文脈の中で提示することで,絡み合った問題を整理し,適切な議論の枠組や検証すべきドグマを明らかにできる.工学とは異なる,理学的アプローチで社会的付託に応える「窓口」としても,環境物理の健全な発展が,今,求められるのではないだろうか?

 

本研究は,筆者の他,日本子孫基金(当時)の植田武智氏,仙台電波高専の鈴木哲氏,立命館大学の谷川宣人氏(当時在籍),池田研介氏との共同研究である.

 

 

参考文献

1) S. Lonn, A. Ahlbom, P. Hall, and M. Feychting: Mobile Phone Use and the Risk of Acoustic Neuroma,  Epidemiology, 15, (2004) 653.

2) 電磁波を題材にした疫学論文の批判的吟味については 津田敏秀: 物性研究 88 (2007) 564.

3) H. Pearson: Mobile-phone radiation damages lab DNA, doi:10.1038/news041220-6 (news@nature.com, 2004).

4) REFLEX project (funded by the EU under the programme "Quality of Life and Management of Living Resources", Project coordinator, Prof. Adlkofer, F., VERUM, Munchen): Risk Evaluation of Potential Environmental Hazards from Low Energy Electromagnetic Field Exposure Using Sensitive in vitro Methods (2004).

5) 本堂 毅: 電磁場が引き起こすDNA損傷,パリティ 21, (2006) 81.

6) T. Hondou: Rising Level of Public Exposure to Mobile Phones: Accumulation through Additivity and Reflectivity, J. Phys. Soc. Jpn. 71 (2002) 432.

7) Ian Sample: Cellphone radiation "trapped" in train carriages, New Scientist, 174 (2002) 2341.

8) BBC News:  http://news.bbc.co.uk/2/hi/health/1961484.stm (2002).

9) 朝日新聞 63日夕刊 (2002).

10) 本堂 毅:  マイクロ波の生体への相互作用:その議論の前提・枠組の妥当性と基礎物理学, 物性研究 82 (2004) 94.

11) 不要電波対策協議会: 「携帯電話端末等の使用に関する調査報告書」電波産業界, (1997) 145.

12) T.Hondou, et al.: Passive exposure to mobile phones: Enhancement of intensity by reflection. J. Phys. Soc. Jpn., 75 (2006) 084801.

13) 吉田春夫: シンプレクティック数値解法. 数理科学, 384 (1995).

14) H. Yoshida: Construction of higher order symplectic integrators. Phys. Lett. A, 150 (1990) 262.

15) N. Anderson and A. M. Arthurs: Helicity and variational principles for Maxwell’s equations. Int. J. Electronics, 54 (1983) 861.

16) I. Saito et al.: The symplectic finite difference time domain method. IEEE Trans. on Magnetics, 37 (2001) 3251.

17) 平山元湜: マイクロディスクレーザーの非線型ダイナミクス. Master’s thesis, 立命館大学, (2002).

18) 坂田泰啓: 開いた空洞系における電磁場のダイナミクス. 物性研究, 83(2), (2004) 189.

19) M. Aoyagi, T. Kobayashi, and T. Takami: http://liberty.cc.kyushu-u.ac.jp/CoupledAnalysis/.

20) T. Hikage, T. Nojima, S. Watanabe, and T. Shinozuka: Electric-field distribution estimation in a train carriage due to cellular radios in order to assess the implantable cardiac pacemaker EMI in semi-echoic environments. IEICE Trans. Commun., E88-B (2005) 3281.

21) http://www.cmpt.phys.tohoku.ac.jp/~hondou/questionnaire/

22) たとえば,化学工業会「倫理規定・行動の手引き」(2002).米国科学アカデミー編(池内了訳)「科学者をめざす君たちへ:科学者の責任ある行動とは」(化学同人, 1996).

23) 次の資料が参考になるだろう.日本物理学会「日本物理学会行動規範」および「行動規範を作成するに当たって」(2007). 日本学術会議・声明「科学者の行動規範について」(2006)村松 秀:「論文捏造」取材の現場から,日本物理学会誌 62 (2007) 531.

24) G. Hyland: “Physics and biology of mobile telephony”, Lancet 356 (2002) 1833.

25) T. Hondou, Physical Validity of Assumptions for Public Exposure to Mobile Phones, J. Phys. Soc. Jpn. 71 (2002) 3101.

26) 野島俊雄: 福岡地方裁判所久留米支部 平成14年(ワ)第184号 証人調書 (2005) 225p.11

27) 藤垣裕子(編): 科学技術社会論の技法 東京大学出版会 (2005)

28) 社会的問題を議論する時に注意すべき「知の責任境界」については,藤垣裕子: 「科学技術社会のゆくえ」 科学(岩波書店) 77(8) (2007) 866.

 

 

Passive exposure to environmental microwave: Role of fundamental physics

 

Tsuyoshi HONDOU, Yasuhiro SAKATA, and Taizo KOBAYASHI

 

In 2002, we reported a theoretical calculation and concluded that public exposure to mobile phones can be enhanced by microwave reflection in public spaces. In this article, we show our recent study that experimentally confirms our previous study. We discuss a role of fundamental physics and the social responsibility of physicists in environmental studies.



[1]現(株)ニコン

[2]この結果は,アマチュア無線機と高周波プローブがあれば,誰でも容易に確かめられる.

[3]したがって,ペースメーカーの安全指針(22cm)や,これに基づく優先席付近電源オフなどには科学的合理性がない.

[4] 波長 15cm ,電車(縦 2000cm × 280cm × 高さ250cm )とする.空間メッシュの間隔は波長の 10 分の 1 以下にする必要があるので1cm とする.

[5]誤差が蓄積してしまうと,エネルギーのような保存量が保存しなくなり,長時間の計算に堪えられなくなる.

[6] 分散関係はになる.ここではそれぞれ,周波数,光速,波数,空間刻みである.

[7]仮に,事実を知りつつこれを知りつつ放置したら,専門家としての不作為責任が生ずる.

[8]100%厳密な科学的正確さは原理的に存在しないから,科学的な真偽を押し問答するよりも,科学的主張を行う者の説明責任こそが求められよう.

[9] 社会的合理性には人間の価値判断が入る.価値判断は専門家ではなく,市民が下すもの(シビリアンコントロール)であるから,社会規範の関わるテーマとなる.