30pZA-1　　　　電磁場の生体影響と基礎物理学

東北大理・物理　　　　　　　　　本堂　毅

Biological effects of electromagnetic field and fundamental physics

　　　　　　　　　 Dept. of Physics, Tohoku University　　 Tsuyoshi Hondou

本講演では（非電離）電磁場の生体影響と物理学の関連をレビューする．電磁場曝露と生体影響の因果関係，及びメカニズム解明のため，基礎物理学を踏まえた研究が有効かつ不可欠であることを示す．

 

1.     物理学の基礎概念と電磁場の生体影響1,2,3)

a) 電場と磁場の相補性（交流，直流磁場の生体影響）

b) 電磁波（強度と周波数，スペクトル）

c) エネルギー保存則（電磁波の拡散，反射の影響）4,5,6)　　

d) 自由エネルギー（熱と電磁波の違い）1,3)

e) 水の物性（共鳴周波数と電子レンジ）1,2)

物理学の正しい概念を持つ物理学会員ならば，電磁場の生体影響を（旧来の誤ったドグマや都市伝説に囚われず）正しく把握出来ることを，最新のシミュレーション結果なども交え紹介する．

 

2.     生体影響：EUのREFLEXプロジェクト，アレルギー，・・・

EUの出資の下，7カ国12研究所の共同研究として行われたREFLEXプロジェクトの最新結果を報告する7,8,9)．低周波電磁場(50Hz周辺)，高周波電磁波（携帯電話領域）の双方で，私たちの日常生活レベルの曝露により培養細胞のDNA鎖が切断されることが，再現性を持って確認された．

　これは，旧来の生体電磁気学（保健物理）のドグマ「非電離電磁波はフォトン（hν）としてのエネルギーが低く，遺伝子損傷性がない」を否定する結果である．放射線のバイスタンダー効果，スカベンジャー，活性酸素種，トポイソメラーゼ等との関連で，メカニズムを議論する．また，アトピー性皮膚炎におけるアレルギーへの影響10)など，関連する医学・生物学的知見も紹介する11)．

 

3.     科学論，基礎科学・物理学の大切さ，面白さ

環境科学とは未知のリスクを解き明かす営みとも言える．ここでは，既知の（生体影響）メカニズムのみを考慮・評価するという（技術者によくある）態度では，現実に生ずる問題を正しく予測・解決することは出来ない．私たちがメカニズムを知っていようと知るまいと，自然は待つことなく時間発展し，一般に不可逆である．このため，メカニズム論と因果関係論の区別を明確に行い，両者の適用限界，長所・短所を正しく理解することが必要である．また熱力学に例をみるように，メカニズム論ばかりが物理学の方法論ではない．因果関係を明らかにし，問題の所在を見出すことが科学の出発点であることを忘れてはならない12,13)．

　本講演で述べるように，誤ったドグマを排し，未知のリスクを多面的に把握するため，基礎科学が力を発揮する（基礎科学の公共財的価値）．電磁場の生体影響を理解するためには，物理学の基礎概念がとりわけ有効である．生体に曝露される電磁場は，生物科学の観点から見れば生体物性を調べるための物理刺激である．化学刺激等と異なり，物理刺激はパラメータ制御が容易であり，共鳴現象などを通して，生体の持つ様々な時空間構造やダイナミクスを明らかにしてくれる．純粋科学として，また同時に社会的要請に応える科学としても重要な本テーマに，多くの研究者が関心を持ち，研究参加されることを期待している．

 

 

参考文献

1)    「電磁場の基礎概念と生体影響の関係」本堂 毅， 臨床環境医学 14(2) (2005)

2)    「マイクロ波の生体への相互作用：その議論の前提・枠組の妥当性と基礎物理学」本堂 毅 物性研究82-1 (2004年４月号) p.94-1 (http://www2.yukawa.kyoto-u.ac.jp/~busseied/で公開)

3)    “Physical Validity of Assumptions for Public Exposure to Mobile　 Phones” T. Hondou, J.Phys.Soc.Jpn.(JPSJ) 71, p.3101-p.3102 (2002).

4)    “Rising Level of Public Exposure to Mobile Phones: Accumulation through Additivity and Reflectivity” T. Hondou, JPSJ 71 p.432-p.435 (2002)．

5)    「携帯電話による公衆被曝をめぐって」 本堂 毅，日本物理学会誌，58 (9) p.430-p.434 (2003).

6)    「閉鎖的空間での携帯電話の利用と公衆被曝」 本堂 毅，科学（岩波書店），72 p.767-p.769 (2002)．

7)    “Mobile-phone radiation damages lab DNA” news@nature.com, doi:10.1038/news041220-6 (2004).

8)    REFLEX Final Report (VERUM Foundation) :要約，全文とも http://www.verum-foundation.de/ からダウンロード可能．“EU PROJEKTE”, “REFLEX”の順にクリックすると英文報告書に達する．

9)    「電磁波が引き起こすDNA損傷」本堂 毅 パリティ21(1) 81-85 (2006).

10)             “Microwave radiation from cellular phones increases allergen-specific IgE production” H. Kimata, Allergy 60 p.838 (2005).

11)             “Physics and biology of mobile telephony” Hyland, G. Lancet 356 1833-1836 (2002); 欧州議会(EU Parliament)アセスメント報告書： “The physiological and environmental effects of non-ionising electromagnetic radiation” http://www.europarl.eu.int/stoa/publi/default_en.htm (2003).

12)             「医学者は公害事件で何をしてきたのか」 津田敏秀　岩波書店 (2004).

13)             「市民のための疫学入門」津田敏秀　緑風出版 (2003).