量子力学とトンネル効果

量子力学とは?

 現代では高校生の皆さんも勉強する力学、電磁気学などの理論は20世紀初頭までには確立され、多くの現象が説明可能になりました。しかし、技術の発達とともに、原子や電子などの小さな粒子の性質を調べられるようになると、どうやらこれらの理論では説明できない現象があることがわかってきました。このような、小さな世界の物理現象を説明した理論が「量子力学」です。
 量子力学の最も突飛な発想は、世の中のものは「粒子」と「波動」の二面性を持っていると考えることです。例えば、光は「光子」という粒子としての性質と「電磁波」という波の性質を合わせ持っています。現在ではこの考えが正しいことがわかっていますが、人間の目に見える大きさでは波としての性質がほとんど見えないこともわかりました。そのため、量子力学が発見されるまでには長い時間がかかったのです。
 量子力学では、次に示すシュレーディンガー方程式を解くことで、色々な物理現象を予測できます: \[ i\hbar\frac{d\psi}{dt} = H\psi \] ここで、\( \psi \)は粒子がどこにいるかを表す「波動関数」、\( H \)は粒子に働く力などの情報を含む「ハミルトニアン」です。この方程式には、不思議なことに虚数単位\( i \)が含まれています。数学で方程式を解くために便宜的に導入したはずの虚数単位が、実は宇宙の法則と深い関わりを持っているといえるでしょう。

トンネル効果とは?

ボールを壁に向かって投げる

 前節で述べたように、量子力学によれば、この世のあらゆるものは波の性質を持っています。この波の性質が原因で起こる不思議な現象が「トンネル効果」です。
 皆さんの目の前に高さ\(h\)の壁があり、壁の向こう側にボールを投げ込むことを考えてみます。つまり、最低でも壁の頂上まで届く速さでボールを投げなくてはいけません。高校物理で既に学んでいる方はご存知のように、力学的エネルギー保存則から \[ E = \frac{1}{2}mv^2 \geq mgh = V \] を満たす速度\(v\)が必要です。ここで重要なことは、\(mgh\)を下回るエネルギーではボールは壁に跳ね返されてしまい、絶対に向こう側には行けないということです。
 一方で、量子力学によれば、ボールが波のように振る舞うことで、壁のエネルギーに満たない場合でも壁の向こう側に「すり抜ける」ことができます。これは、まるでボールが壁に穴を開けて向こう側に行ったように見えることから、「トンネル効果」と呼ばれています。

トンネル効果!

 トンネル効果を実際に見るために、下にあるシミュレーションをしてみましょう。青色のグラフの縦軸が、ボールがその位置にいる確率の高さを表しています。ボールが波であるせいで、この辺にいるけれど正確に場所がわからないということを反映して、少し幅があるグラフになっています。茶色のグラフが壁のエネルギー(高さ)と厚さです。実行ボタンを押すと、ボールが壁に向かって進み始めます。最初の設定では、壁のエネルギー\(V=350\)、厚さ\(1\)となっており、ボールのエネルギー\(E=200\)は壁を越えるエネルギーには足りません。
 しかし、シミュレーションを実行すると、「跳ね返ったボール」と「すり抜けたボール」が半分くらいずつ重ね合わさった状態になります。これは50%くらいの確率でボールが壁をすり抜けることを意味しています。
 壁の高さや厚さを変えてみて、「すり抜け具合」を確認してみましょう。

壁の高さ :   壁の厚さ :

シミュレーションを表示するには、最新のブラウザが必要です。

 以上のシミュレーションで、ボールがすり抜けられることはわかりました。しかし、「重ね合わさった状態」とは何なのでしょうか。これは少々込み入った話になるのでここでは説明しませんが、これは量子力学のもう一つの不思議である「観測問題」と関わっています。興味のある方は、ご自身で検索していただくか、ぜひ理学部物理学科に入学しましょう!なお、観測問題の有名な例として、「シュレーディンガーの猫」が知られています。

意外と身近な量子力学

 前節までの話は、まるで夢物語(または怪しい宗教?)のようですが、トンネル効果は現実の実験でも確認されています。それどころか、皆さんが使っているパソコンやスマートフォンに入っている半導体部品の中には、トンネル効果によって動作しているものもあります。このときすり抜けているのは、ボールではなく小さな電子です。
 トンネル効果に限らず、現代の電子機器は量子力学の様々な性質を利用して動作しています。こう考えると、意外と量子力学が身近なものに感じられてこないでしょうか?