Dec 2007

電磁波=音波?

今日の毎日新聞を読んで,驚きました.

いろいろオカシナ内容を含んでいるのですが,その中でも極めつけは,北海道大学大学院情報科学研究科教授・野島俊雄氏によるコメントです.
列車の中で携帯電話を使った場合,金属の車体で電波(マイクロ波)が反射される現象について,野島氏は以下のように述べています.
「理屈上では電磁波は反射するが,現実には反射のたびに列車の窓からもれたり,人が吸収するため,1秒もたたないうちに電磁波の影響はゼロになることが分かった」
だから,誤動作を起こすようなことはない,とあります.

皆さん,理解できましたか?
私は目がテンになってしまいました.

「1秒もたたないうちに」って1秒間に電波は何回反射され,重複で強められるか,まるで理解なさっていないようです.

そこで,高校物理だけで解説してみましょう.

電波は1秒間で地球を七回り半します.3億メートル走ります(光速).
電車の車体の長さは,おおよそ10メートル程度です.
だから,1秒間で
(3億メートル)/(10メートル)=3千万回程度,反射されることになります.

要するに,野島氏のコメントは,3千回程度,電波が車内を駆け巡ったとき,電磁波の影響はなくなるから
「電磁波の反射による影響は無視できる」と言っているようです.

マイクロ波は目に見えず,イメージしにくいですから,音波で考えてみましょう.

音の速さは約 300メートル毎秒です.
電車が10メートル程度だとすると,壁から壁に伝わるのに必要な時間は

10/300=0.03 秒です.

3千万回だと,
0.03 x 30,000,000=約12日です.

この簡単な計算から,野島氏の主張を「音波」の世界に翻訳すると,その意味が分かりやすくなります.

「コンサートホールで,オーケストラが音を出してから12日間経ってみたら,もはや音が聞こえないことが私たちの研究で分かりました! 
だから,このコンサートホールの壁が持っている音の反射効果は,音響効果上無視できるんです!」

もちろん,これは実験可能です.

サントリーホールに行って,実験してみるといいでしょう.
2週間ホールを借り切って,一瞬大音量を出します.
そして,12日目にホールに入って,12日前の音が聞こえるか確かめてみるのです.

結果は,実験する必要もなく,明らかですね. 音が聞こえたら,それは幻聴か・・・さもなくば「ノーベル賞」でしょう!
# ご家庭のお風呂場でやっても同じです.

でも,上の事実が正しいからといって,「だから,壁の反射の影響は無視できる」と言ったら,トンデモナイ誤りです.
なぜなら,この新聞記事のコメントは,音の世界に翻訳すると,こんなことを言っているのと同じだからです.
「コンサートホールの壁は,音を反射させる効果など殆どないから,反射のない牧場で演奏しても,その音響効果は同じです・・・」

オーケストラが屋外で,それも牧場で演奏して,コンサートホールと同じ響きになる?
本当だったら,音響設計家が激怒するでしょうね.私たちの苦労はなんなんだ! って.

今回の記事を,物理学科の同僚や学生さんに見せたら,みんな大笑いしたのは,いうまでもありません.
こんな記事が世に流布していることは,私たち科学者にとっても,市民にとっても不幸なことでしょう?

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今回取り上げた野島氏のコメントに見られる科学的誤解は,光と同じ性質を持つ電磁波(電波)と音波の違いを正しく理解していないことから生じたのでしょう.
あるいは,違いが分かっていても,電磁波と音波の速さの違い(100万倍!)を意識できていないから,間違えたのでしょう.

電磁波関連のニュース・トピックスには,高校物理を知っていれば『卒倒する』ような解説で溢れかえっています.
これから,そんなニュースやトピックを見つけたら,ここにメモしていこうと思っています.