東北大学 大学院理学研究科 物理学専攻
東北大学 理学部 物理学科
固体統計物理学講座 那須グループ

本グループの研究内容

我々のグループでは、固体における電子状態に対して、電子相関が生み出す新しい物性探索という観点から理論研究を行っています。 アボガドロ数個の電子からなる集団を扱う物性理論の魅力は、電子間相互作用による多体効果と量子効果の協調によって生み出される多彩な現象にあると考えます。 電子は素粒子のひとつではありますが、それが集団を構成することによって、非自明な基底状態を構成する場合があります。 基底状態を真空と見做したとき、そこからの励起を粒子と捉えたものを「準粒子」と呼びます。 量子多体効果によって非自明な基底状態を実現させることができれば、そこからの励起である準粒子も元の素粒子としての電子とは全く異なる性質を持ちます。 それは、マヨラナ粒子やエニオンといった、素粒子としての電子が持ち得ない興味深い性質を有する準粒子(創発準粒子)となるポテンシャルがあります。 逆に、そのような新規な特徴と機能性を持つ準粒子を発現させる基底状態を探索することも研究の醍醐味のひとつです。 これは、真空のデザインともいうべきチャレンジングな課題であり、強相関電子系を主な対象とする本グループにおける研究の大きな柱でもあります。

最近の研究トピック

強相関局在模型における準粒子間相互作用

本研究では、複数の局在自由度の相互作用を記述する局在量子模型の有限温度における素励起を解析する理論的枠組みを構築した。これまで、そのような一般的な局在電子模型の素励起は線形スピン波理論のSU(N)への一般化である線形flavor-wave理論によって調べられてきた。しかしながら量子ゆらぎが顕著な場合には、準粒子の間の相互作用を記述する非線形項が重要な寄与を与えることが知られている。我々は、線形flavor-wave理論を非線形に拡張し、準粒子間の相互作用を有限温度において適切に取り扱う理論へと発展させた。この方法をトポロジカルマグノンを有する磁場下のキタエフ模型に適用することで、弱磁場領域域では、マグノンエッジモード間の相互作用による減衰が顕著になり、温度上昇に伴って、減衰率が増幅されることを明らかにした。我々のアプローチは一般的な局在有効ハミルトニアンを出発点とするため、強相関極限における多軌道ハバード模型から派生した局在電子系に広く適用可能である。
S. Koyama and J. Nasu: Phys. Rev. B 108, 235162 (2023).

量子スピン液体の準粒子制御

キタエフ量子スピン液体において、それを構成する量子スピンは遍歴的なマヨラナ粒子とバイゾンと呼ばれる局在励起にあたかも分裂したかのように振る舞う。磁場下においては、マヨラナ粒子系がトポロジカルに非自明なバンドを構成し、バイゾン励起にはマヨラナ粒子がトラップされる。バイゾンに局在するマヨラナ粒子はマヨラナゼロモードとなり、この複合粒子は非可換エニオンとして振る舞う。非可換エニオンはトポロジカル量子計算と呼ばれる擾乱に強い量子計算の演算要素なることが期待されているため、その基盤となるバイゾンの観測、生成、制御が重要な課題となっている。しかしながら、その実時間での制御方法はたとえ理想的なキタエフ模型であったとしてもほとんどわかっていなかった。本研究では、キタエフ量子スピン液体におけるバイゾン励起を磁場によって実時間で制御するための理論を構築した。
C. Harada, A. Ono, and J. Nasu: Phys. Rev. B 108, L241118 (2023).

励起子絶縁体に対する磁場効果

ペロブスカイト型コバルト酸化物においては、コバルトイオンが結晶場とフント結合の競合によって低スピン、中間スピン、高スピン状態という複数のスピン状態を取ることがその磁性に大きく影響する。この競合領域において異なるスピン状態の量子力学的な混成が生じることが期待されており、それは励起子凝縮と解釈される。この競合は、磁場によっても誘起することができると考えられているため、本研究では、2軌道ハバード模型の磁場効果をハートリーフォック近似や強相関有効模型に対する平均場近似によって網羅的に調べた。その結果、磁場によって異なる2種類の励起子凝縮状態が実現することがわかった。その片方がスピン状態秩序を伴っており、これは励起子超固体状態と解釈することができる。実際にコバルト酸化物においても、超強磁場の印加によって複数の相が誘起されていることを示唆する実験結果が得られており、我々の理論研究との対応から、励起子凝縮や励起子超固体状態の可能性が考えられる。
T. Tatsuno, E. Mizoguchi, J. Nasu, M. Naka, S. Ishihara: J. Phys. Soc. Jpn. 85, 083706 (2016).
M. Naka, E. Mizoguchi, J. Nasu, and S. Ishihara: J. Phys. Soc. Jpn. 87, 063709 (2018).
A. Ikeda, Y. H. Matsuda, K. Sato, Y. Ishii, H. Sawabe, D. Nakamura, S. Takeyama, and J. Nasu: Nat. Commun. 14, 1744 (2023).
R. Koga and J. Nasu: J. Phys. Soc. Jpn. 93, 054703 (2024).

電気トロイダル双極子秩序が生む反対称熱分極

強相関電子系においては、電子間相互作用によって電子集団は様々な秩序状態を呈し、それに伴って特異な応答現象が起こることが知られている。そのような秩序状態は、電荷秩序、磁気秩序、軌道秩序など様々な種類があるが、それらは多極子を用いて整理されている。最近では、時間および空間反転対称性が磁化や電気分極とは異なるトロイダルモーメントの存在が議論されている。それは対称性によって電気および磁気トロイダル多極子の2種類があり、興味深い応答現象や輸送特性などの発現に寄与する。磁気トロイダル双極子秩序の存在の下では電気磁気効果が期待される一方で、電気トロイダル双極子秩序に関しては、候補物質が少ないこともありあまり議論されていないのが現状である。本研究では、電気トロイダル双極子秩序が現れる可能性がある最も簡単な模型として、スピンレス3軌道模型を導入し、強相関領域における秩序状態を解析した。また、ここでは特に熱応答特性に注目し、温度勾配に対する電気分極応答を拡張された線形応答理論を用いて解析した。その結果、電気トロイダル双極子秩序が生じるパラメータ領域では、印加した温度勾配と直交する方向に電気分極が出現することが分かった。このときの応答テンソルは反対称成分のみで、電気トロイダル双極子秩序に由来したものと考えられる。
J. Nasu and S. Hayami: Phys. Rev. B 105, 245125 (2022).

キタエフ磁性体におけるマグノンホール効果

キタエフ模型をベースとする量子スピン模型の熱輸送現象が近年注目を集めている。本研究では、熱輸送のキャリアとしてマグノンを仮定したときに、熱ホール伝導度の磁場角度依存性を調べた。その結果、マグノンの場合には、熱ホール伝導度の符号が反転するときに励起ギャップが消失しないことがわかった。これは、熱キャリアとしてマヨラナ粒子を仮定した場合と対照的である。また、非共面的スピン配置を持つ場合には熱ホール伝導度が増大する。さらに、磁場方向を変えることによる熱ホール伝導度の包括的解析は、非対角相互作用の役割についても新しい知見を与えることがわかった。
S. Koyama and J. Nasu: Phys. Rev. B 104, 075121-1-13 (2021).

キタエフ量子スピン液体に対する乱れの効果

最近、極低温まで磁気秩序を示さない新規イリジウム酸化物が合成された。この物質の無秩序状態の実現に関して、キタエフ相互作用に加えて、水素位置の不確定性に起因した乱れの効果の影響が指摘されている。これを動機として、本研究では、キタエフ量子スピン液体の持つ磁気ダイナミクスに対する乱れの効果を影響を明らかにするために、量子モンテカルロ法を適用し、有限温度における熱輸送特性やスピンダイナミクスを計算した。ここではランダムネスの導入方法として、サイト欠陥と相互作用の乱れの2種類を考えてその違いを調べた。その結果、比熱の温度依存性や熱輸送特性、磁気励起スペクトルなどのスピンダイナミクスは、2種類の乱れに対して異なる振る舞いを示すことが明らかになった。これらの解析によって見出された特異な磁気応答は、現実の物質における支配的な乱れのタイプを同定するための指針のひとつとなることが期待される。
J. Nasu and Y. Motome: Phys. Rev. B 102, 054437 (2020).
J. Nasu and Y. Motome: Phys. Rev. B 104, 035116 (2021).

非磁性励起子絶縁体におけるスピンゼーベック効果

コバルト酸化物は励起子絶縁体候補物質として注目を集めている。ここでは、異なるスピン状態が量子力学的に重ね合わせられることによって励起子絶縁体状態が実現すると考えられている。この状態は時間反転対称性が破れているにもかかわらず磁化を持たない状態であるため、観測による同定が難しいという問題点を抱えていた。本研究では、2軌道ハバード模型を出発点とし、強相関極限からの摂動展開によって得られる有効模型に対してスピン波理論を適用することで磁気励起の計算を行った。その結果、励起子絶縁体状態が生じることにより、磁化が発生していないにもかかわらず磁気励起スペクトルにスピン分裂が生じることが明らかになった。さらに、このスピン分裂によってスピンゼーベック効果が現れることも分かった。磁気励起におけるスピン分裂やスピンゼーベック効果は、これまで難しかった励起子凝縮状態の新たな同定方法となる可能性がある。
J. Nasu and M. Naka: Phys. Rev. B 103, L121104 (2021).

励起子絶縁体におけるスピンネマティック揺らぎ

コバルト酸化物はスピン状態自由度を有するモット絶縁体として精力的に研究が行われており、近年では、励起子絶縁体の候補物質としても注目されている。コバルト酸化物では軌道角運動量の消失が不完全でスピン軌道相互作用も重要であるため、この物質における励起子凝縮相の特徴を明らかにする上ではスピン軌道相互作用を考慮した解析が必要となる。本研究ではスピン軌道相互作用を考慮したスピン状態自由度を持つ強相関電子系における磁場効果を明らかにすることを目的として、2軌道ハバード模型を出発点とした有効模型に対して、スピン軌道相互作用を取り入れて、平均場近似を用いて基底状態の磁場依存性を解析した。その結果、バンド構造が直接ギャップの場合に低スピン状態と励起子絶縁体状態の相境界近傍で、磁化率が磁場によって大きく増強されることを見いだした。この特異な振る舞いは、フント結合によって安定化された高スピン状態に内在するスピンネマティック揺らぎに起因することを明らかにした。本研究は、励起子凝縮状態におけるスピン揺らぎの影響を明らかにするだけでなく、この状態に対する量子的なスピンネマティック揺らぎの役割の重要性を指摘するものである。
J. Nasu, M. Naka, S. Ishihara: Phys. Rev. B 102, 045143 (2020).

キタエフ量子スピン液体におけるマヨラナ準粒子によるスピン輸送

通常、磁性絶縁体において磁性の起源である電子スピンの運動は、磁気的な力を介して結晶中を波のように伝わっていくことが知られている。一方で、キタエフ量子スピン液体の場合には、端に印加したパルス磁場によって励起されたスピン変調が物質中に伝わることなく急速に減衰し、物質内部の電子スピンは全く時間変化しない。しかしながら、本研究では、ある一定時間経過後に、右端の電子スピンが突如運動し始めることを発見した。量子スピン液体内部では、電子スピンは2種類のマヨラナ粒子にあたかも分裂しているかのように振る舞う。その片方は結晶格子に束縛されて動くことができないが、もう片方のマヨラナ粒子は格子上を遍歴することができる。解析により、バルス磁場によって励起された電子スピンの時間変化はすぐに遍歴マヨラナ粒子へと変換され、物質中においてスピン変調を生じることなく通過し、右端に到達したときに電子スピンの時間変化を誘起することが分かった。この結果は、スピン励起が分数励起であるマヨラナ粒子によって媒介されることを示唆している。
T. Minakawa, Y. Murakami, A. Koga, and J. Nasu: Phys. Rev. Lett. 125, 047204 (2020).
A. Koga, T. Minakawa, Y. Murakami, and J. Nasu: J. Phys. Soc. Jpn. 89, 033701 (2020).
H. Taguchi, Y. Murakami, A. Koga, and J. Nasu: Phys. Rev. B 104, 125139 (2021).
J. Nasu, Y. Murakami, and A. Koga: Phys. Rev. B 106, 024411 (2022).

キタエフ量子スピン液体の非平衡ダイナミクス

極低温まで磁気秩序が生じない量子スピン液体においては、強い量子多体効果によってスピン励起が分裂した分数準粒子が生じることが知られている。それらを観測することは量子スピン液体発現の指標とされるが、一般の量子スピン液体において分数準粒子がどのように物理量に表れるかを理論予測することは非常に困難である。一方で、キタエフ模型と呼ばれる局在スピン模型では量子スピン液体が厳密な基底状態となり、分数準粒子としてマヨラナ粒子と局在バイゾンの2種類が現れることが示されている。本研究では、これらの分数準粒子を捉えることを目的に、これまでほとんど調べられてこなかった非平衡ダイナミクスに注目した理論研究を行った。ここでは、マヨラナ平均場理論を実時間に拡張することで、磁場を急に変化させた時に生じる過渡的スピンダイナミクスを計算した。微小磁場クエンチによる磁化の時間発展から得られた動的スピン構造因子は、久保公式から厳密に計算されたものと定性的な一致を示す。さらに、反強磁性キタエフ相互作用の場合に現れる磁場誘起の中間相に対して、磁場を急にゼロとした際の磁化の過渡スペクトルを計算すると、マヨラナ準粒子を反映していると考えられる高エネルギーの構造はすぐに消失し、代わりにフラックスのエネルギースケールの振動が長時間にわたって保持されることが分かった。この結果は、異なるエネルギースケールを持つ2種類の準粒子励起が、実時間ダイナミクスにおいて異なる時間スケールに分離されて観測可能であることを示唆するものである。
J. Nasu, and Y. Motome: Phys. Rev. Research 1, 033007 (2019).

キタエフ磁性体の磁場誘起トポロジカル相転移

本研究では、磁場下におけるキタエフ模型の量子相転移を、そこで現れる分数準粒子であるマヨラナ励起のトポロジカルな性質に着目して研究を行った。ここでは特に、磁場中における反強磁性キタエフ模型に対して、マヨラナ平均場理論を用いて、低磁場ギャップレス量子スピン液体と高磁場の強制強磁性状態の間に新たにギャップレス相を見いだした。2つのギャップレス相の間の相遷移は、マヨラナ準粒子が作るバンドのトポロジカルな変化によって駆動される。この特異なトポロジーの変化は、磁場による有効キタエフ相互作用の符号変化によって正当化されることを見いだした。
J. Nasu, Y. Kato, Y. Kamiya, and Y. Motome: Phys. Rev. B 98, 060416(R) (2018).

カイラルスピン液体の有限温度相転移

時間反転対称性が破れたカイラルスピン液体は、磁性体の研究のみならず、その素励起がトポロジカル量子計算の演算要素である非可換エニオンとなる場合があるとして、量子情報の分野でも注目されている。本研究では、カイラルスピン液体の熱力学的性質を解明するため、この状態を基底状態に持つ2次元decorated honeycomb格子上のKitaev模型に注目した。この模型の基底状態は時間反転対称性の破れたカイラルスピン液体であり、準粒子の持つトポロジカルな性質の異なる2つの相が、相互作用の大きさを変化させることで実現する。本研究では、この模型の有限温度の性質を、我々が導入したマヨラナ粒子を用いた量子モンテカルロ法によって解析した。その結果、有限温度では時間反転対称性の破れに伴う相転移が生じることがわかった。さらに2種類のトポロジカルな性質が異なる相で、相転移の次数に違いが現れ、3重臨界点の存在が示唆されることを発見した。この結果は、準粒子の持つトポロジカルな性質が熱力学的な性質にも影響を与えることを示唆するものである。
J. Nasu and Y. Motome: Phys. Rev. Lett. 115, 087203 (2015).
Y. Kato, Y. Kamiya, J. Nasu, Y. Motome: Phys. Rev. B 96, 174409 (2017).

キタエフ量子スピン液体における熱輸送

極低温まで磁気秩序を示さない量子スピン液体においては、スピンの分数化がその存在証拠として、極低温での比熱の漸近的な振る舞いなどが実験的に調べられている。このような実験結果と比較するためには有限温度の理論計算が必須となるが、量子スピン液体の性質を理論的に理解するのは絶対零度ですら困難であることが知られている。本研究では、量子スピンの顕著な特徴である分数励起を捕らえるため、厳密に量子スピン液体を基底状態に持つキタエフ模型に対して、量子モンテカルロ法を適用し、熱伝導特性を詳しく調べた。この模型では、量子スピンの分数化により創発マヨラナ粒子が生じ、それが熱を運ぶ。縦熱伝導度は、相互作用のエネルギースケールに対応する温度でピークを持つ。磁場を導入すると縦熱伝導度はほぼ変化しないが、熱ホール伝導度が有限となり絶対零度で量子化される。我々は、この量が磁場に強く依存し非単調な温度依存性を示すことを見出した。これらの特徴は、有限温度における量子スピン液体の前駆現象として、それに内在する創発マヨラナ粒子が引き起こしているものであり、熱ホール伝導度を測定することによってマヨラナ粒子及びその端状態の存在を実験的に捉えることができると期待される。
J. Nasu, J. Yoshitake, and Y. Motome: Phys. Rev. Lett. 119, 127204 (2017).
Y. Kasahara, T. Ohnishi, Y. Mizukami, O. Tanaka, Sixiao Ma, K. Sugii, N. Kurita, H. Tanaka, J. Nasu, Y. Motome, T. Shibauchi, and Y. Matsuda: Nature 559, 227 (2018).
T. Yokoi, S. Ma, Y. Kasahara, S. Kasahara, T. Shibauchi, N. Kurita, H. Tanaka, J. Nasu, Y. Motome, C. Hickey, S. Trebst, and Y. Matsuda: Science 373, 568 (2021).

キタエフ量子スピン液体の有限温度ダイナミクス

量子スピン液体にはあらわな秩序変数が存在しないため、それをどのようの特徴づけるかが議論となっている。近年では、量子スピン液体においてスピンの分数化によってフェルミ励起が生じるとして、極低温での比熱の漸近的な振る舞いなどが実験的に調べられている。このような実験結果と比較するためには有限温度の理論計算が必須となるが、量子スピン液体の性質を理論的に理解するのは絶対零度ですら困難であることが知られている。量子スピンの顕著な特徴である分数励起を捕らえるため、厳密に量子スピン液体を基底状態に持つキタエフ模型に対して、有限温度の動的磁気応答に注目して計算を行った。その結果、ラマンスペクトルはフェルミ分布関数を反映した温度依存性を示すことがわかった。分数準粒子であるマヨラナフェルミオンの統計性を反映したものを解釈でき、さらに実験結果とも良い一致を示す。この結果は、現実の物質においても分数化されたフェルミ励起が存在する直接的な証拠となる。また、動的スピン構造因子、磁化率、NMR磁気緩和率においてもスピンの分数化に伴う特異な温度依存性が表れることを明らかにした。
J. Nasu, J. Knolle, D. L. Kovrizhin, Y. Motome, R. Moessner: Nature Physics, 12, 912 (2016).
J. Yoshitake, J. Nasu, and Y. Motome: Phys. Rev. Lett. 117, 157203 (2016).
J. Yoshitake, J. Nasu, Y. Kato, and Y. Motome: Phys. Rev. B 96, 024438 (2017).
J. Yoshitake, J. Nasu, and Y. Motome: Phys. Rev. B 96, 064433 (2017).

励起子絶縁体の素励起

励起子絶縁体状態は、伝導帯と価電子帯の電子間の相互作用を起源としたバンドの自発的な混成により特徴づけられる。このような複数のバンドや軌道間の相互作用が重要な系として、近年、ペロフスカイト型構造のコバルト酸化物が注目されている。この系で従来から研究されているスピン状態自由度に由来した励起子凝縮状態の可能性を明らかにするため、本研究では2軌道ハバード模型から出発した強相関模型を用いて解析を行った。その結果、バンド絶縁体とモット絶縁体の境界で2種類の励起子凝縮状態が実現することが明らかとなった。さらにこれらの状態においては、励起子凝縮に由来した集団励起が生じ、それが非弾性中性子線散乱実験で観測可能であることを明らかにした。
J. Nasu, T. Watanabe, M. Naka, and S. Ishihara: Phys. Rev. B 93, 205136 (2016).

量子スピン液体の有限温度相転移

磁性体は、高温ではスピンが無秩序な常磁性状態を示し、ある温度以下では対称性の破れを伴いスピンが規則的に配列した磁気秩序を呈する。前者は、物質の三態のうち「気体」に対応し、後者は「固体」に対応する。P. W. Andersonは、「液体」に対応するものとして1973年に量子スピン液体というスピンが無秩序ながらも強い相関を保った新奇な量子状態を提唱した。この状態は現在もなお実験理論共に最前線の研究課題であるが、その熱力学的性質は、理論的な解析の困難さから手付かずに等しい状態であった。この問題を解決するため、我々は基底状態が厳密に量子スピン液体となる3次元キタエフ模型に対して、マヨラナ粒子表示を用いた量子モンテカルロ法を新たに開発し、有限温度の解析を行った。その結果、高温の常磁性状態と低温の量子スピン液体の間には有限温度相転移が存在し、この相転移は励起状態のトポロジーの変化として特徴付けられることを見出した。この結果は、量子スピン液体と常磁性状態の間の断熱的な接続を仮定したこれまでの実験研究に対して一石を投じるものであり、量子スピン液体の応用例である量子計算の分野への波及効果も期待できる。
J. Nasu, M. Udagawa, and Y. Motome: Phys. Rev. Lett. 113, 197205 (2014).
J. Nasu, M. Udagawa, and Y. Motome: Phys. Rev. B 92, 115122 (2015).
Y. Kamiya, Y. Kato, J. Nasu, and Y. Motome: Phys. Rev. B 92, 100403(R) (2015).
J. Nasu, Y. Kato, J. Yoshitake, Y. Kamiya, Y. Motome: Phys. Rev. Lett. 118, 137203-1-6 (2017)

動的ヤーンテラー効果の下でのバイブロニック励起

強相関電子系における軌道秩序からの素励起である軌道励起は、これまで理論実験とも精力的に研究が行われてきた。軌道励起はヤーンテラー効果により、格子振動と強く結合することが予想される。しかしながらこれまでの理論研究では、軌道励起に対するヤーンテラー効果の影響は十分に考慮されていないのが現状である。これを踏まえ、本研究では、スピン波近似を拡張して平均場近似と組み合わせることによりヤーンテラー効果の強度に依らない解析を行うことで、ヤーンテラー効果が強い場合でも、低エネルギーにフォノンを纏った軌道励起が存在することを明らかにした。
J. Nasu and S. Ishihara: Phys. Rev. B 88, 205110 (2013).

スピン軌道結合系における動的ヤーンテラー効果

軌道自由度を有するモット絶縁体においては、電子の仮想遷移を起源とした超交換相互作用いわゆるKugel-Khomskii相互作用と電子軌道と格子振動の結合であるJahn-Teller効果が、その性質に対して重要な役割を果たす。通常これらの相互作用は、幾何学的フラストレーションがない場合、磁気秩序及び軌道秩序を安定化させると考えられてきた。しかしながら、層状銅酸化物Ba3CuSb2O9においては、極低温まで磁気秩序及び軌道秩序が生じないことが報告されている[A. Nakatsuji et.al., Science 336, 559 (2012)]。我々は、軌道と格子振動の動的結合である動的Jahn-Teller効果に着目し、その動的Jahn-Teller効果とKugel-Khomskii相互作用によって生じる新しい量子状態を明らかにするために、Ba3CuSb2O9を念頭に置き、それら両方の相互作用を考慮した低エネルギー有効模型を導出した。クラスター平均場法を用いて基底状態の解析を行うことで、動的Jahn-Teller効果と超交換相互作用の競合により、軌道とスピン、格子の自由度が強くもつれ合った、秩序を伴わない新しい状態が、磁気秩序と軌道秩序相の間で実現するという結果が得られた。この状態が生成する起源として、軌道の持つ異方性と動的Jahn-Teller効果が重要であることがわかった。このスピン及び軌道秩序を伴わない状態はBa3CuSb2O9で実現していることが示唆される量子スピン液体状態に対応するものと考えられる。
J. Nasu and S. Ishihara: Phys. Rev. B >88, 094408 (2013).

軌道の異方性と格子の幾何学的効果

軌道自由度は電荷の空間的な異方性を与えるため、長距離秩序の存在の有無に対して格子の幾何学的形状が大きな影響を与えることが予想される。我々は、その効果によって出現する新しい軌道状態を明らかにするために、2重縮退した軌道自由度をチェッカーボード格子上に考えることで、軌道の異方性と幾何学的フラストレーションの両方を有するチェッカーボードコンパス模型を導入した。この模型に対して、スピン波近似、平均場近似と一次元解析解の併用法、量子モンテカルロ法、厳密対角化法といった複数の解析方法を併用した解析を行った。2つのボンド方向の相互作用が拮抗するフラストレーションポイント近傍では、軌道秩序のリエントラント的振舞いが見られ、これが熱揺らぎと量子揺らぎによる"Order by disorder"機構により生じることを見出した。また、軌道の持つ異方性によって三重臨界点が出現することを明らかにした。さらに、この軌道の異方性の効果によって、軌道励起スペクトルにおいて低エネルギーの1次元的励起が強くなることを示した。
J. Nasu, S. Todo, and S. Ishihara: Phys. Rev. B 85, 205141 (2012).

弱相関から見た軌道の異方性の効果

どの局在軌道を占有するかの自由度である軌道の自由度は、電子の空間分布の異方性を記述し、軌道間の相互作用はボンド方向に顕わに依存したものとなる。強相関極限においては、その異方性によってある種のフラストレーションが生じ、非自明な基底状態が現れることが知られている。我々は、それと相補的な解析として、弱相関極限からの解析を行うことで、軌道のフラストレーション効果が軌道状態に与える影響を調べた。ここでは、特に電子遷移と電子間相互作用の競合に対する軌道の異方性の効果を明らかにするため、強相関極限で正方格子上のコンパス模型となるハバード模型を導入し、それを乱雑位相近似及び自己無同着乱雑位相近似を用いて解析した。電子間相互作用を考慮しない軌道感受率は、強相関極限で予想される発散的増大を示す波数とは異なる方向の1次元的特徴を示す。一方、電子間相互作用の中間領域では1次元的な発散的増大は消失し、感受率の異方性は失われることを示した。このような軌道感受率の変化の原因は、ネスティングによる感受率の発散が、軌道の異方性に起因した効果により抑制されるためであることを明らかにした。さらに、これらの特徴はコンパス模型特有のものではなく、eg軌道自由度の異方性を記述する軌道模型でも実現する。
J. Nasu, and S. Ishihara: Europhys. Lett. 97, 27002 (2012).